2026年ミラノ・コルティナオリンピックの開会式の解説を担当したヤマザキマリさん。
その解説が「勉強になった」「面白い」と話題です。
ヤマザキマリさんは何者なのか?なぜイタリアに詳しいのかまとめました。
ミラノ五輪開会式で話題のヤマザキマリは何者?
ミラノ五輪開会式で話題のヤマザキマリさんは、映画化した有名な漫画『テルマエ・ロマエ』の作者です。
肩書は以下の通り↓
・漫画家
・随筆家
・画家
・東京造形大学客員教授
・日本女子大学特別招聘(しょうへい)教授
※客員教授•••非常勤の形で期間限定の教授として活動を行う教員
※特別招聘教授•••卓越した研究実績を有し今後の活躍や大学研究に期待される者として招かれる教授
プロフィールをまとめました。
| 所属 | スマイルカンパニー (音楽プロダクション) |
| 出身 | 東京都新宿区 |
| 誕生日 | 1967年4月20日(2026年2月現在58歳) |
| 現在の居住地 | イタリア (住民票は日本にあり、頻繁に帰国しているそう) |
ヤマザキマリさんは波瀾万丈な人生を送られています。
詳しくはエッセイなどで綴られていますが、大きな出来事をまとめてみました。
ヴィオラ奏者の母と指揮者の父のもとに誕生
↓
生後間もなく父が他界
↓
札幌交響楽団所属の母と共に北海道千歳市で過ごす
↓
母が再婚し妹が誕生
↓
キリスト教の学校に通学
↓
14歳でドイツとフランスを一人で旅する
(仕事が入った母の代わりに軽い気持ちで行くも、さまざまなカルチャーショックやトラブルを経験)
↓
17歳で母の勧めで高校中退
一人でイタリアへ留学
↓
北イタリアの画塾に通う
↓
国立フィレンツェ・アカデミア美術学院入学
美術史と油絵を学ぶ
↓
学生アパートの隣の部屋に住む詩人と交際
ヒモ状態の彼と11年同棲
(母からの仕送りと似顔絵描き、露天のアクセサリー売りなどで繋ぐ日々)
↓
妊娠を機に詩人と別れる
イタリアで男児を出産しシングルマザーに
↓
生活費を稼ぐために漫画を描き始める
↓
1996年で一時帰国し北海道に住む
大学のイタリア語講師・札幌テレビのレポーター・ラジオパーソナリティなどを務める
↓
2002年現在の夫キュッパーニさん(イタリア人)と出会う
相手は14歳の一人旅の時に出会った陶芸家の孫!
エジプトのイタリア大使館で挙式する
(ヤマザキマリさん35歳・息子7歳・キュッパーニさん21歳大学生の時)
↓
シリアのダマスカスに転居
(キュッパーニさんは大学の比較文化の研究で世界を転々とする日々)
↓
北イタリアに転居
↓
ポルトガルのリスボンに転居
↓
シカゴに転居
(ヤマザキマリさんはテルマエロマエのヒットで日本と頻繁に行き来)
(キュッパーニさんはシカゴ大学勤務)
↓
2013年イタリアに転居
以来ヴェネト州ヴァトバ在住
ヤマザキマリさんと家族は、世界を飛び回って活躍されているんですね。
結婚当初から、仕事の関係で家族が揃う時間は少なかったとか。
今では家族が揃うのは年に3回ほどだそうです。

息子さんはフリーカメラマンの山崎デルスさん。
ハワイ大学に進学して、京都大学に留学していたみたい。
イラストレーター、文筆家、映像編集者などさまざまな分野で活躍しているんだって!
家族が揃う時間は少なくても、それぞれの世界で活躍しているヤマザキ家。
ヤマザキマリさんは以下のように語っています。
家族の形はさまざまですね。
ミラノ五輪開会式で話題のヤマザキマリはなぜイタリアに詳しいの?
ミラノ五輪開会式で話題のヤマザキマリはなぜイタリアに詳しいのか、理由として以下の3つが挙げられます。
①長いイタリア在住歴
②イタリアの芸術を学んでいる
③夫がオタク
それぞれ見ていきましょう。
①長いイタリア在住歴
ミラノ五輪開会式で話題のヤマザキマリさんがイタリアに詳しい理由1つ目は、長いイタリア在住歴です。
青春時代にイタリアに留学し多くの刺激を受けたようです。
その後世界を転々としたあと、現在はイタリアに戻っています。
②イタリアの芸術を学んでいる
ミラノ五輪開会式で話題のヤマザキマリさんがイタリアに詳しい理由2つ目は、イタリアの芸術を学んでいることです。
芸術を学ぶため、17歳でイタリア留学を決めたのです。
14歳でドイツ・フランスを一人旅した時に出会った老人が、
「すべての道はローマに通ずる。イタリアを訪れないのはけしからん」と説教。
イタリア留学を勧め、母もヤマザキマリさんも同調したという経緯。
国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で美術史と油絵を学びました。

日本人漫画家としては初の快挙だよ!
②夫がオタク
ミラノ五輪開会式で話題のヤマザキマリさんがイタリアに詳しい理由3つ目は、ヤマザキマリさんの夫が古代ローマオタクであるためです。
ヤマザキマリさんの夫キュッパーニさんは、大学で比較文化の研究をしていた人。
漫画『テルマエロマエ』は、そんなキュッパーニさんとの日常会話があったから生まれた作品なのかもしれませんね。
さまざまな芸術に触れ、世界を見てきたヤマザキマリさん。
映画のような波乱万丈の人生。
極貧生活時代はさまざまな仕事を経験。
その経験を経た人柄、知識量と軽快なトーク力が発揮されたのが、ミラノ・コルティナオリンピックの開会式の解説だったようです♪